フランス館の入口には、65分待ちの表示が出ていた。
「行く?」と悠が聞いた。
「行く」と彩は即答した。
並んでいる間、彩はインスタのフランス館の投稿をひとつずつ確認した。「ヴィトンのスーツケースが85個あって、ディオールの白いドレスの部屋があって、ロダンの彫刻も出てるって」
「フランス館でロダン見られるの、万博じゃないとないよね」
「そういうことじゃないかな、万博って」
「一時間並んでも行く理由があるやつが集まってるわけやし」
「なんかうまいこと言う感じで誤魔化してるでしょ」と彩が笑った。
* * *
パビリオンの中は三つのゾーンに分かれていた。
最初に現れたのは、ルイ・ヴィトンのスーツケースが積み上げられた空間だった。色とりどりのスーツケースが、天井に向かって整然と積まれている。「アートなんだ」と悠は言った。「アートというかインスタレーションというか」と彩が訂正した。
その奥に、白い部屋があった。
「クリスチャン・ディオール」と入口に書いてあった。
部屋の中は、白いドレスで満たされていた。
天井から無数のドレスが吊り下げられ、それが床まで届くほどの長さで垂れている。薄い布が光を通して、部屋全体が白く発光するように見えた。人が入ると、ドレスがゆっくりと動いた。
彩は入口で止まった。
「すごい」と彩は言った。
悠も何も言えなかった。
しばらく、二人とも動かなかった。さっきまでエッグタルトを食べたり月の石の写真を撮ったりしていた一日と、同じ日の出来事とは思えなかった。
「これが見たかった」
彩がようやく言った。
「来てよかった」
悠はそれだけ答えた。
ディオールの部屋を出てから、二人はほとんど話さなかった。話すことが特になかった。