神保町のアパートに戻ったのは、昼過ぎだった。
三畳の部屋は蒸し暑かった。窓を少し開けると、路地の子供たちの声と、どこかのラジオの音が流れ込んできた。
神崎は卓袱台の前に座り、封筒と原稿用紙を出した。
手帳を開く。
昨日の記録がそこにある。江川の動きを時刻順に追った几帳面なメモ。「二十三時十五分、ホテルにて確認」という最後の一行。
(書くか、書かないか)
書くべき内容は、二種類あった。
一つは「前夜の江川の行動」——ホテルを一人で出て、黒い自動車に乗り込んだという事実。二つ目は「神崎の判断」——その車を追わなかったという事実。
前者を書けば、江川が「自殺」のために一人で出かけたという説明が成り立たなくなる可能性がある。後者を書けば、神崎自身の「護衛の失敗」が記録に残る。どちらを書いても、書かなくても、何かが変わる。あるいは何も変わらない。
神崎は煙草を一本吸い、もう一本吸った。
隣の部屋から鼻唄が聞こえた。
引揚者の男の声だった。節のある、古い歌だった。外地の、どこかの民謡だろうか。神崎には曲名が分からなかった。ただ、その声が妙に遠く聞こえた。
(この男は、知らない)
隣の部屋の男は、今朝の常磐線の線路を知らない。江川英太郎の名前も、GHQの現場も、ムーア大佐の落ち着いた顔も。ただ、昼間のカストリを飲んで、外地の歌を歌っている。
それが普通の生き方だ、と神崎は思った。
原稿用紙に、神崎はゆっくりと書き始めた。
「六月二十五日より七月四日まで、江川総裁の行動を逐次確認。特段の異常は認められず。七月四日深夜、ホテルにて所在を確認。その後の動向については把握に至らず。七月五日早朝、訃報を受けて現場に急行」
書き終えて、神崎は原稿用紙を置いた。
「異常なし」とは書かなかった。書けなかった。しかし「異常あり」とも書かなかった。
その中間の言葉を選ぶことが、今の神崎にできる精一杯だった。
封筒に原稿用紙を入れ、糊で封をした。封筒を卓袱台の上に置いた。
そのまま、何もしなかった。
三十分が経った。
鼻唄はまだ続いていた。