翌日の昼前、有楽町のコロナに杉田がいた。
神崎が入ると、杉田は窓際の定位置から手を上げた。今日は制服ではなく、薄いグレーのスーツを着ていた。夏の恰好だった。
「ご苦労様でした」
杉田は言った。テーブルの上に珈琲がすでに二つ置いてあった。
「江川総裁の件」と神崎は座りながら言った。「調査は続きますか」
「それは警察の仕事だ」
杉田は珈琲を一口飲んだ。
「ムーア大佐は何と」
「問題ない、と仰っていた」
神崎は珈琲に手をつけなかった。「問題ない」
「そう言っていた」
「そうですか」
* * *
窓の外を都電が通り過ぎた。
二人の間に、しばらく沈黙があった。
その沈黙が、一つの答えだった。
何も問わない、何も語らない、という互いの了解が、その沈黙の中に静かに完成していた。神崎は杉田の目を見た。杉田は窓の外を見ていた。
(この男は知っている)
何を知っているかを知っている。そして何を知らないふりをするかも、知っている。
「報告書は昨日、送りました」神崎は言った。
「受け取りました」
「確認はされましたか」
「した」
「内容について、何か」
「問題なかった」
杉田は振り返り、神崎を見た。微笑んでいた。いつもの、温度のない微笑みだった。
「神崎さんの仕事は、いつも丁寧だ」
神崎は珈琲を一口だけ飲んだ。苦かった。それ以外の感想が、どこにも出てこなかった。
「次の任務が決まり次第、連絡する」
「わかりました」
神崎は立ち上がった。コートを持ち、帽子を被り直した。
「ご苦労様でした」
杉田は繰り返した。一度目と全く同じ声の高さで。
神崎は振り返らずに店を出た。
― 続く ―