占領下奇譚 · 第四話「無人列車」

昭和二十四年七月十五日、神保町

ラジオが鳴っていた。

神崎は卓袱台の前に座り、煙草を吸いながら聴いていた。消すつもりはなかった。消すほどの気力も、残っていなかった。

アナウンサーの声は、落ち着いていた。

「——本日午後九時二十三分頃、中央線三鷹駅付近において、国鉄の電車が無人のまま動き出し、駅外れの車止めを突き破って暴走、死者六名、重傷者多数を出す大惨事が発生しました——」

神崎は煙草の火先を眺めた。

六名。

(六名、か)

江川の件が十日前だった。常磐線の線路の上の白いシーツ。その次は、三鷹の電車。国鉄、組合、GHQ——神崎の中で、三つのものが一本の線で繋がっていた。

しかし線を見ているだけでは、何もできない。

「——事故の原因については、現在捜査中であり——」

ラジオは続けた。

神崎は聞いていたが、次の言葉を予測していた。「組合の関与が疑われている」「国鉄労組員の逮捕」。

そういう言葉が来る。

こういう夏には、そういう言葉が来る。

窓の外を都電が通り過ぎ、壁が揺れた。ラジオの音が一瞬乱れた。

神崎は次の煙草を取り出した。

ゴールデンバットの煙が、狭い三畳に漂った。

(誰が、逮捕されるか)

まだ分からなかった。ラジオは事故の状況を繰り返し流していた。神崎はそれを聴きながら、福島で過ごした春のことを考えた。

国鉄の駅舎。組合の集会所。丹羽の声。そして——もっと周縁に、もっと静かにいた男たちの顔。

それらの顔が、今夜のラジオと繋がっている。

― 続く ―

次章「二 三浦という男」——三月の終わり、福島の食堂で三浦功と出会った。背が低く肩幅だけが広い男。子供が電車が好きだと笑う父親。神崎にはその男が「夜中に電車を動かして六人を殺す男」に見えなかった。